4. かわいい子には普請をさせるな

あなたが「百年もつ家」を建てたとしたら、百年後のあなたの子孫は、数えて何代目の何歳でしょうか?! 伝統的な造り方の、構造材が見える家ならば、大事に直しながら、代替わりしても修繕や改装をしながら住み続けることができます。そのような家を建てるということは、子孫に価値ある資産をのこすことになります。

民家建築の100年とは長いもの

ある50歳の主人が思い切って家を建てることにしました。いくらか蓄えもあり、腕の良い大工さんにも巡り会いましたが、やはり家一軒建てるのに必要なエネルギーたるや大変なものでした。幾つもの難題が立ちはだかりましたが、そこま持ち前のガッツで乗り越え、苦労しながらもなんとか完成を迎えることができました。主人は本当に満足でした。そして、心の中で、つぶやきました。

「俺がこんなに愛情をかたむけて完成させた家だもの、必ずや100年後にも建ち続けているぞ」

そして、一人悦に入らんとしたとき、ふいに不安が頭をもたげてきました。 「まてよ…百年後には俺はもうこの世にはいないな。すると、この家を守ってくれるのは俺の息子か?いや孫かな?本当にこの家を大事にしてくれるだろうか」

そうです。これが問題です。百年後にこの家の主人になっているのは、最初の主人から数えて何代目の何歳でしょうか?

百年という言葉はその区切りのよさも手伝って、口にされることが多いようです。住宅の広告でも声高に繰り返されています。しかし、私たちのほどんどが百年も生きていないわけですし、いまいち実感のない言葉でもあります。たとえば今から百年前の日本を想像できるでしょうか。もはや歴史の教科書の世界ですね。急に言われると、意外とわからないのではないでしょうか。

問:50歳の主人が住宅を建てたとすると、100年後にそこに住む人は「何代目の何歳」ですか?

答:4代目の60歳

一口に建築の100年といっても、それは大変長いものです。もしあなたが50歳で、家を建てたとしたら、百年後に主人になっているのは、あなたのひい孫なのです。

一口に百年といっても、それは大変長いものです。大まかに言って、住宅の主人は25年から30年の間隔で交代します。そして、だいたい息子というものは、おやじのものをそのまま受け継いで一生を終えるのを嫌いますから、自分の生活に合わせた住まいにつくり替えようとするものですが。(余談 日本の住宅の平均寿命が25年ということを耳にしたのですが、それもこの世代交代に関係するのではないでしょうか)

日本の古くからのことわざに「かわいい子には普請をさせるな」あるいは「家は末代まで」というのがあります。昔の主人はこのような気持ちを込めて何代にも渡って住める家づくりをしたのです。家を建てるということは今でも大変エネルギーのいることです。最近では家を建てた後も長いローンの返済に苦労することになります。民家を改修しながら住み継いで来た先人の目には100年の内に3回も家を新築する現代人は、どのように映るのでしょうか

用途変更をしながら
120年の歳月を永らえてきた

次に120年も生き続けている幸運な建物の実例を紹介します。山梨県塩山市中央公民館です。

この建物は明治13年に擬洋風建築の名工、松本輝殷(てるしげ)によって小学校として産まれました。その後、一回の移築と四回の用途変更を経て、今も現役として使われています。まず、明治13年に千野学校として新築しました。昭和初期に改装し、私立里人(さじん)学校となりました。昭和33年に改装。県立図書館塩山文官となりました。そして、昭和57年の最後の改装で塩山市中央公民館となり、現在に至ります。

この実例から、まず2つのことを述べたいと思います。

1)用途変更に対応できた
建設当初は学校であり、柱の間隔の大きい大空間を持っていたため、様々な用途変更に柔軟に対応できた。

2)建っている場所から移すことができた
分解され、移送され、再び組み直すことのできるしっかりした構造体(柱や梁)を持っていた。

これらは建物の特徴です。大空間をつくることができる立派な材料が、素晴らしい構法で組み立てられていました。

長いスパンで「建物を見る目」を育てる

このほかにぜひ付け加えたいことがあります。それは人間の側に関することです。この建物の歴代の持ち主が、みな、建物を大切にする方であったということです。どんなに素晴らしい建物であっても、持ち主が建物の質に目を向けようとしない、その価値に気付いていないという場合が本当に多いのではないでしょうか。

同じ建物を見ても、みなさん、それぞれが違った印象を持ちます。そして同一人物が同じ建物を見る場合でさえ、いつも同じように見えるとは限りません。「子どもの頃怖かったあの煙突が、今はなつかしく見える」といった経験はみなさんにもあると思います。「建物を見る目」は経験を経ることで変化し続けるものです。

この「建物を見る目」は、民家の再生を経験することで特に大きく変化するようです。民家再生では、まず家の解体によって、これまでの自分の家がどのようなものであったかを知ります。素晴らしい材料と丁寧な仕事でつくられていることを知ります。続いて、再生されていく姿を毎日まのあたりにします。工事も終わり頃になると、檜、杉、松のにおい、肌合いの違いに気付くようになります。そして、かなり古ぼけているように見えていた民家が、見違えるほど美しく素晴らしい家に再生されていることに驚きます。

このような経験を経ることで、着工前に比べるとはるかに鋭敏な「建物を見る目」が形成されます。また職人たちの姿を見て「家というものは人間が力を合わせて作り上げるものなのだ」という、言われてみればあたりまえのことにあらためて気付いたりもします。こうした経験は、更地に、ほとんど完成している部品を組み立てるプレハブ住宅ではけっして得られないものでしょう。

私は民家を再生しているときに、ぜひ施主の子供たちに現場を見ておいてほしいと思っています。次にこの建物の面倒を見てあげるのは、今の子供たちです。自分の住んでいる家が本当に立派な材料でつくられていること、それを丁寧に扱う職人たち、建築家と議論し、真剣に決断をくだす施主、すなわち親の姿を目にしていれば、必ず心のどこかに家の素晴らしさに対するアンテナが芽生えるはずです。

先日竣工した民家では、施主のご好意から棟札を屋根裏に入れさせていただきました。私はそこに事業者として施主の家族全員の使命を書き込みましたが、特に子供たちの名前を書き入れることにこだわりました。自分も再生に関わった一員であると子供たちに感じてほしかったのです。それこそがこの素晴らしい家が、百年経ち続けることにつながると信じているからです。