木造建築を考える「柔と剛」

平成25年5月のことです、甲州市の山深い里にある鎮守の森に神社があり、その御本殿が傷んでいるので見てくれと総代長から依頼を受けて出かけてみると、一間社流れ造りの中規模のお堂が基壇の上の石の上に置かれてありました。修理費を見積もってくれというので、お安い御用ですよとお答えしたところ、総代さんの中に一人建築設計事務所の先生がいて、社寺は私の専門ではないが在来工法の基準法に従って基礎と土台をアンカーボルトで緊結してほしいというのです。理由はと尋ねると、地震が来て倒れたり、大風が吹いて飛ばされては困るからとのことでした。

すでにこの社殿はこのままの姿で築100年を過ぎて長らえてきたもの、今更在来工法の基準に倣って足元を固定するなど無用のこととご説明したのですが、何としても聞き入れてもらえぬどころか、私のことを非常識と非難する始末、これ以上説得は無理と悟ったので、分かりました、では基礎と土台をどうしても緊結すると言われるのなら、どうか土台から上の部分では、壁には筋交いを入れ接合部を金物で補強緊結しておいてくださいね、でないと大地震で倒壊しますとお願いしてきました。結果は神も悲しむ哀れなナンセンス社殿となることでしょう。

大人と子供では相撲になりません、ただし大人の足元が土俵に固定されたら、子供でも大人を倒すのは可能でしょう。同様に足元を固定された本殿も大変危険です。なぜなら伝統構法は足元の免振に裏付けられた柔構造の構造体だからです。柔には柔、剛には剛、足元を固定して剛とするなら、その上部の構造も剛でなければなりません。

日本の工匠は柔構造を好み、建築に筋交いを用いませんでした、なぜでしょうか? これは日本の伝統構法1300年の妙です。私の考えでは恐らく巨大地震時に貫構造のほうが建築物を壊さないのです、強力な筋交いは建築物の柔い部分に力を集中させるため建築物を破壊し、結果その後の修理が難しくなるのです。

柔良く剛を制す、地震国日本の伝統建築は長い時間をかけた経験の中で石場建て貫構造を選択しました。巨大地震時、伝統木工造は地盤からずれながらも、建物全体で地震力を吸収し、傾けど倒れず、人を圧死させることをせず、修理が不能なほどには破壊されなかったのではないでしょうか。

近年の日本の新築住宅は、そのほぼほとんどが剛構造で造られています。なぜなら柔構造で造ろうとすると、法律をクリヤーし許可を受けるのに大変な労力(時間と金)がかかるからです。この理不尽に悩む建築の専門家は少なくありません。私共もその一人で、石場建ては選択肢の一つとしてその可能性は残しながらも、日本の壁式伝統建築である「蔵」に着目し、蔵式建築を行うことで、剛構造と伝統構法の融合を図っています。日本の伝統木工技術が正しく評価され、再び建築基準法の標準となる日を願って止みません。