風流美巡り お店・施設紹介

向嶽寺 前編

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伝匠舎 石川工務所は、塩の山南麓の花かげ通りにありますが、その西の端、当社の東隣にあるのが臨済宗向嶽寺派の大本山「向嶽寺」です。そのまま読めば「山に向かって立つ寺」いう意味です。仏殿、いくつかの門、参道を一直線に結ぶ方向に、富士山があるから、それで「向嶽寺」というのです。境内の北側は、塩山の地名の由来ともなった「塩ノ山」があります。後ろに山を背負い、富士に向かうというロケーションにあるお寺なのです。

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数ある建造物の中で「塩ノ山」にいちばん近い建物が「方丈」です。ここは本尊が安置されている寺院ではなく、僧侶が修行を営んだり、執務をしたり、檀家や客人と応接したりするより人間寄りの建物です。この方丈から見える塩ノ山の山裾の一帯が、塩ノ山を借景とする庭園となっています。(なお、左の大きい写真は、平成の時代に作られた新しい庭です)

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長いこと荒れ果て、大半が土の堆積に埋没していたこの庭園を復元し、庭を望む方丈の再建が成った平成6年(1994年)6月6日に、それまで山梨県指定の名勝であったのが、国の名勝庭園に格上げとなるまでに整備したのが、向嶽寺派の当代管長の宮本鉄心大峰です。

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塩の山を借景するダイナミックなお庭。非公開なのが残念!

宮本管長は、管長として就任された当初から、方丈と庭園の再建を志し、その端緒として平成2年(1990年)より2年間に及ぶ発掘調査を実施。その成果として、この庭園が桃山から江戸初期の作であることや、その石組みや池や滝を配した構造が判明。長く枯山水と思われていましたがそうではなく、当初は塩ノ山から水を引き入れていたことも分かりました。

調査結果を基にした庭園の復元に続いて、元の姿を取り戻した庭園を望む形で、方丈の新築工事が行われ、伝匠舎でその工事を担当させていただきました。工事を監修したのが、管長と親交のあった、真木建設の田中文男棟梁です。「向嶽寺」のロケーションの中でのこの方丈のあるべき位置ということにとことんこだわって建物を考えられていたということが印象的でしたね。建物そのものではなく、そこから見える世界を作られたのです。ですから、新築になった方丈の最高の場所とされる書院に座して外を眺めた時に、この庭が最高によく見えるのです。

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国宝の達磨像のお軸に対面する場所が、この方丈のいちばんいい場所。(軸はレプリカで、本物は東京の国立博物館にあります)

三尊石と呼ばれる大きな岩。その下段にある石組み。そして、四季折々の自然が変化する、塩ノ山の美しい景色。禅の庭は仏教的な世界観を体現するものと言いますが、そこのところは、私には理解はできません。それでも、畳に座っていながらにして、庭全体がパノラミックに展開する美しさ、雄大さ、迫力は十分に伝わってきます。

田中文男さんは、その建築への純粋な情熱にあふれた方でした。時として、その情熱ゆえのこだわりが、計画を時間どおりに遂行させるのを難しくすることもありました。そんな時には、きまって、工事担当の責任者である私が「慌てるんじゃねえ。せかしたところで、いい結果は出ねえよ」と一喝されることになります。棟梁と施主である檀家衆との板挟みで胃が切れるような場面もありましたが、出来上がった方丈とそこからの庭園や山の眺めに、その苦労も報われる気持ちがいたします。

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山の庭に面した濡れ縁は、軒を深くするために、垂木とヒエン垂木とで二重に出している。

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ほのぐらい座敷の向こうに、障子越しの庭の光が見える。

向嶽寺

〒404-0042
山梨県甲州市塩山上於曽2026
Tel:0553-33-2090
営業期間:通年
非公開寺院ですが、境内は散歩できます。残念ながら、国名勝の庭園は非公開です。