向嶽寺は、後ろに「塩の山」を控え、正面に富士山を臨むというロケーションに立つ、臨済宗の大本山のひとつです。表から見ると、まず総門があり、うっそうとした木立の中に続く道が、左右に築地塀を従えた中門にまで至ります。中門を入ると、ひょうたん形の放生池、そこに掛かる太鼓橋を渡ると、正面に、塩の山を背景に堂々とそびえる仏殿(開山堂付き)に至ります。総門から仏殿まで、向嶽寺という名前の通り、富士山に向かって真南にほぼ一直線上に並んでいます。
中門は室町時代の作です。なかなか中世の甲州らしい、豪壮な形をしています。通常、こうした門は、屋根を見上げた時に細身の垂木が数多く繊細に並ぶ様を見せるものですが、ここでは、力強く太い蝦虹梁と同様に、たいへん太い反りのある垂木が五本で重たい屋根を支えています。シンプルで飾り気のない、構造が即、意匠になった形です。虹梁に刻まれた唐草模様も、装飾的ではなく、ごく単純な美しい円形をしています。
中門の右手の通用門から境内に入ってみましょう。池の向こうに見える仏殿は、いかにも大きくて立派です。まずは正面の二層になった屋根の美しい曲線が見えていますが、近づくにつれ、だんだんに地垂木と飛檐垂木とが重層する軒裏が見えてくるのが、ドラマティックです。肘木や斗組みが積み重なりながら、大きな屋根を支えている姿がアップで迫ってくるのは、力強く、豪壮です。真正面に立つと一層目の屋根の下端がきれいに水平に見えるのも、隅から見上げた時に屋根の先端が禅宗様式の特徴でキュッと反り上がっているのも、たいへん美しいです。
建物の中に入ると黒い敷石が斜め張りされたほの昏い空間の中央に、高くお釈迦様の像が安置されています。その周囲を、上層の高い屋根を支える太い欅の丸柱が林立しています。寺院の中に居ながら古い森に迷い込んだようです。
建物の奥は抜粋禅師を祀る開山堂です。実はこの建物、仏殿の後ろに開山堂が合体した形になっているのです。建物の外に出て側面にまわると、正面の姿から想像する以上に奥行きがあって驚きます。側面に沿って歩くと、下の層の屋根を支える欅の丸太柱が等間隔で並んでいるのが、リズミカルでおおらかな感じです。
この建物は、甲州市の指定文化財になっています。約200年前にこれを造ったのは弊社の先祖で石川源三郎、大正年間に屋根の上層部分が火事で焼けたのを復元したのが私の曾祖父の石川孝重であります。弊社が身延町の下山に本拠を持ちながらも、遠く塩山の地でも事業を継続しているのは、こんな因縁があるからに他なりません。
向嶽寺
〒404-0042
山梨県甲州市塩山上於曽2026
Tel:0553-33-2090
営業期間:通年
非公開寺院ですが、境内は散歩できます。